上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「マチネの終わりに」読み始めました。毎回そうだけど、最初のページをめくるまでの時間が
ドキドキするので、そのドキドキ感を少しでも引き伸ばそうと、なかなか表紙をめくれませんでした。
読み始めた感想は「んっ?ちょっとごつごつしてるな」って感じ。小説は第一人称で書いて
くれたほうが個人的には感情移入しやすいのですが、第三人称の文面に慣れるまで
まだちょっとかかりそうです。この前に読んでいた「火花」がやわらかかったので、ちょっと固いなー
って思いながら読み進めてます。武田鉄也は「読書は人の身体に自分の頭をくっつける作業だ」
と言っておりましたが、自分の身体にすとんと馴染む小説って、実はそんなに無いんです。
夢中で読んでるうちにだんだんページ数が少なくなって、あぁ、なんか寂しいな。もったいないな、と
思わせてくれるようなものは。これはすごく個人的な感想なので、人によって感じ方は全く違うと
思います。だから、あまり人に本をすすめないし、がっかりするのが嫌なので、薦められた本も
あんまり読みません。
とにかく、「マチネの終わりに」は、ちょっと固い。でもそれも味わいながら、楽しんで読んでます。
まだ序盤なのでなんともいえませんが、あたしには上品すぎて清潔すぎて健康すぎる気がします。
人間のどろっとした感じがあまりない。これから出てくるのかもしれないけれど。
だって、モテモテ要素満点の二人が美しい世界で出会って美しい恋物語を紡いでいく、なんて
ただの御伽噺ですよね。

歴史的背景も取り入れているあたり、「プラハの春」を思い出しました。
「プラハの春」もいっかい読みたくなりました。「ベルリンの秋」は上巻だけ読んでやめてしまったけれどw

おっと脱線。話を戻します。

「マチネの終わりに」についてはまだ途中なので、近い未来に違った感想が書けるかもしれません。
期待をうまく裏切ってくれるとでもいいましょうか。それも読書のたのしいところ。
これは大人の恋愛小説だと紹介されていましたが、小学生のとき「花埋み」を読んでいたような
変わった子だったので、逆に10代の頃の自分が読んでいたらどんな風に感じるだろうな、と思いました。

文章の持つ神秘的で幻想的なものに憧れを抱いていた10代の頃だったら、うっとりと読んでいた
かもしれません。だけど、悲しいことにそういう時期はとうに過ぎ去ってしまいました。
若さに価値があるなどと微塵も思っていない現代の若者たちや、かつて同じように思っていた過去の自分に
さえ、嫉妬することがあります。若さというものが持つ可能性、未完熟であるが故にこれから得るであろう
素晴らしい要素を「まだ持っていない」ということに対する憧れ、嫉妬のようなものが漠然とあります。
持っているものに嫉妬するのではなく、持っていないものに嫉妬するなんて、なんかちょっと変ですけど。

読了後、すぐには感想の書けないあたしなので、この段階でブログに書きました。
昔、村上春樹の小説を読んで自分はなんてからっぽなんだろうと思った。
その圧倒的な虚無感からしばらくの間何もかけなくなった時のことを
今もまだリアルに思い出せます。


またいつか感想書きます。

スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメントの編集・削除時に必要)


    トラックバック

    Trackback URL
    Trackbacks


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。